瘦すからの形成説
主張2件
やさしを動詞やす(瘦す)の語基にaと接尾語しが付いた形容詞とみ、気兼ねで身の細る思いを原義に置く。 『大言海』以来の説明を、阪倉は情意動詞から作られるシク活用形容詞の型の中に位置づけ、優美・節度・平易への 語義の広がりを原義からの展開として説く。
阪倉はやさしを動詞やす(瘦す)から作られた形容詞とみる(yasu>yasa+si)。気兼ねで身の細る思いをする状態が原義で、『日本霊異記』下巻第三八縁の「恥かしきかな、やさしきかな」でははづかしと重ねて用いられる。
瘦すとの関係は『大言海』にあり、大野晋『日本語の年輪』と原田芳起『平安時代文学語彙の研究』にも 説かれると阪倉が補注30で記す。阪倉はこれを情意動詞の語基+a+しの型(c-siku-pattern)の一例に置く。 ONCOJの2例はいずれも「恥ずかしい」の義にあたる。
阪倉篤義 2011 提唱
これらと同様に、「やさし」という形容詞も、本来は、「やす」(瘦せる)という動詞との関係が考えられる語であったのである
- 文献
- 増補 日本語の語源 書籍/平凡社ライブラリー729
- 立場
- 提唱(その出典が言い出します)
- 箇所
- 第二部2「「やさしさ」の両面」の節「瘦す」「やさし」、ダンプ頁174
阪倉篤義 2011 提唱
そういう「やす」(瘦せる)べき状態にあることが、「やさし」で、つまり、相手や世間に対して、どうも気兼ねで身のちぢむ思いのするさまを言ったのである。
- 文献
- 増補 日本語の語源 書籍/平凡社ライブラリー729
- 立場
- 提唱(その出典が言い出します)
- 箇所
- 第二部2「「やさしさ」の両面」の節「瘦す」「やさし」、ダンプ頁175
阪倉篤義 2011 伝聞
ヤサシを、「瘦す」との関連において考えることは、すでに『大言海』に見え、その後、大野晋『日本語の年輪』、原田芳起『平安時代文学語彙の研究』にも説かれている。
- 文献
- 増補 日本語の語源 書籍/平凡社ライブラリー729
- 立場
- 伝聞(他の説として伝えます)
- 箇所
- 補注30、ダンプ頁383
阪倉はやさしの意義が、自省的な気兼ね(上代・『日本霊異記』)から、平安貴族社会での優美(源俊頼歌)、こまやかな心遣い(『大鏡』)、けなげさ(『平家物語』)、節度と教養(『日葡辞書』)へ広がり、無抵抗な素直さから「易し」義も派生したとみる。
用例の並べ方と方向づけは阪倉の解釈で、「易し」義を語自身の派生とみる点も阪倉の判断である。
阪倉篤義 2011 提唱
こうなると、「やさし」という語は、もはや感覚的な優美さを言うようになっている。
- 文献
- 増補 日本語の語源 書籍/平凡社ライブラリー729
- 立場
- 提唱(その出典が言い出します)
- 箇所
- 第二部2「「やさしさ」の両面」の節「こまやかな心遣い=「やさし」」、ダンプ頁178
阪倉篤義 2011 提唱
「やさしい人」というのは、教養ある人であり、文化人なのである。
- 文献
- 増補 日本語の語源 書籍/平凡社ライブラリー729
- 立場
- 提唱(その出典が言い出します)
- 箇所
- 第二部2「「やさしさ」の両面」の節「文化そのもの」、ダンプ頁184
阪倉篤義 2011 提唱
「やさし」という語自体に、この「易し」の意味を派生する面が、もとからあったようである。
- 文献
- 増補 日本語の語源 書籍/平凡社ライブラリー729
- 立場
- 提唱(その出典が言い出します)
- 箇所
- 第二部2「「やさしさ」の両面」の節「文化そのもの」、ダンプ頁186