現象記述
語頭母音脱落
Initial-vowel loss
頭母音脱落語頭音消失 vowel aphaeresisinitial-vowel clipping
語頭の母音または母音を含む初頭音節が失われ、後続音が語頭に立つ歴史的変化である。 日本語史ではi・uを含む形が短縮され、d・b・zなどの濁音が語頭に現れる語が代表例として挙げられてきた。
時期
世紀は出典に基づく概算です。用例・対応形の範囲は、その間ずっと変化が進行していたことを意味しません。
語頭i・uの脱落形
中古日本語〜現代日本語・約11世紀〜現在用例・対応形の範囲
Martinが1020年の例として挙げるdaiteから、現代に残る短縮形までを含みます。語ごとに成立時期が異なり、長い形との併存もあります。この範囲全体を一度の音変化の期間とは捉えません。
対象範囲
- 独立語の初頭に生じた脱落を中心に扱う。複合語接合部の母音脱落は、形成過程と語彙化を検討する比較資料に置く。
- 古いi・u・m表記には複数の音声過程と表記慣習が関わりうる。母音脱落、入り渡り鼻音、前鼻音化した濁音、表記慣習を分けて検討する。
- 変化方向の判定には、古形と新形の年代、意味の連続、方言形、同時代の併存を語ごとに照合する必要がある。
連鎖の「>」は時間的な変化の主張を示す。ローマ字形は比較用の転写であり、音価の完全な再現を含意しない。
分析と検証項目 5件
各分析の提案者は本文と出典に示します。評価はEUJによるもので、検証項目を併記します。
語彙変化と構文的拡張の二層
●○○ 提案 個別語で起きた語頭母音脱落と、成立した短形を利用する類推・語形成を別段階に置く。 どこからド系列への類推、だすから複合動詞後項-dasuへの拡張、でくからできるへの活用再編を同じ時系列上で区別できる。
検証項目
- 短形の初出が、同じ形を利用する類推形や新しい複合語より早い。
- 古い複合形では-idasuと-dasuが併存し、新しい語では-dasuが直接選ばれる。
低い語頭iによる条件づけ
●○○ 提案 語頭iの低い音調が脱落を促したという奥村三雄1958の指摘を、独立語の歴史資料で再検証する。 語ごとのアクセント資料と初出年代を対応させる必要がある。
検証項目
- 低起式のiCV-語に短形が偏る。
- 高い語頭iをもつ同構造語は長形を保ちやすい。
鼻音要素と表記の曖昧性
●○○ 提案 濁音前に現れるi・u・mの一部が、母音だけ、入り渡り鼻音を伴う母音、前鼻音化した濁音を異なる仕方で写した可能性を置く。 表記上のi消失と音声上の母音脱落が常に一致するという前提を外す。
検証項目
- 同一語にiD-・uD-・mD-・D-の異綴りが集中する。
- 方言のnd-・mb-形が、古い異綴りの分布と対応する。
Martin, Samuel Elmo 1987 伝聞
- 文献
- The Japanese Language through Time 書籍
- 立場
- 伝聞(他の説として伝えます)
- 箇所
- p.81注15
ichhan 更新2007-12-01; 参照2026-08-24 提唱
- 文献
- 連濁はなぜ起こるのか―ア行音の問題 ウェブ資料
- 立場
- 提唱(その出典が言い出します)
- 箇所
- 第4節「母音の無声化」
順列和語辞典編集者 更新2025-02-23; 参照2026-08-24 伝聞
- 文献
- だく(抱) ウェブ資料/順列和語辞典
- 立場
- 伝聞(他の説として伝えます)
- 箇所
- 補注
出づ系列のD始まり語幹分析
○○○ 推測 出づ・出だすを、表層形id-u・id-as-uの内部にD始まりの語幹をもつ系列として分析する編集仮説である。 iを古い音韻制約または音声的補助要素に関わる部分とみなし、d-u・d-as-uという切れ目を検討する。 この表記の資格は編集上の切れ目に限る。
検証項目
- 活用形と派生形を通じてdが安定し、iの出現だけが時代・方言・形態環境で揺れる。
- 独立語と複合語後項に同じ切れ目を支持する古表記が現れる。
- 比較日琉資料で語幹初頭に対応する子音が確認できる。
後続有声子音・鼻音による条件づけ
●○○ 提案 初頭狭母音の脱落環境を、後続する濁音またはマ行音によって記述する。 まだ・よだつのような対照例も対象に含める。
検証項目
- i・uの後続子音が有声阻害音または鼻音である語に脱落例が偏る。
- 無声阻害音が後続する語は初頭母音を保ちやすい。
柳田征司 1985 提唱
- 文献
- 日本語音韻史の構想 論文/愛媛大学教育学部紀要 第II部 人文・社会科学
- 立場
- 提唱(その出典が言い出します)
- 箇所
- p.21追記
例と出典のネットワーク
例を選ぶと、それを説明する主張と出典がつながります。線は記録上の参照関係を示します。語の派生方向や同系関係を示すものではありません。
説明する主張
- 主張
いだくidakuから語頭iが脱落して、だくdakuが成立したとする。
●●● 定説 複数の研究書と辞書が変化を明記し、中古の短縮形が文証される。
出典
例の一覧 11件
各行を開くと、語形の位置づけ、主張、評価、出典を確認できます。同じ語について複数の比較を収録する場合があります。
11件を表示しています。
収録例 11件
抱く idaku > daku 主要例 ●●● 定説
出す idasu > dasu 主要例 ●●● 定説
出る idu > deru 形態変化を伴う例 ●●○ 通説
どこ iduko > idoko > doko 主要例 ●●● 定説
ばら ubara ~ ibara ~ mubara > bara 主要例 ●●● 定説
奪ふ ubafu > bafu 比較例 ●●○ 通説
尿 ibari > bari 比較例 ●○○ 提案
まだ imada > mada 対照例 ●●○ 通説
よだつ iyodatu > yodatu 対照例 ●○○ 提案
出来る ideku > deku > dekiru 形態変化を伴う例 ●●○ 通説
ざりがに izarigani > zarigani 比較例 ●○○ 提案
既往記述 15件
研究 語頭濁音語の成立過程を分類し、いだく・いづこ・うばら・いざりがにの短縮を「語頭母音の脱落」に置く。 風間力三1975と沖森卓也1998の分類も紹介する。
研究 語頭母音脱落を、連濁形の取り出し、上略、倒語、類推、語頭有声化などから区別する。 いだくとだく、いばらとばら、いざるとざるを歴史的な二重形として扱う亀井孝1970の議論を紹介する。
研究 語頭iを失った例にばら・だす・だくを挙げ、だく・どこなどの年代を示す。 どれ類推説と、濁音前のi・u・mを鼻音性に結ぶ柴田武の見解も紹介する。
研究 音韻史の概説で、うばふ・むばふ、うばら・むばら、いだく・うだく・むだくから初頭音節が脱落し、語頭濁音形が生じたと記す。
沖森卓也 2010-04 記述
- 文献
- 日本語史概説 書籍/日本語ライブラリー
- 立場
- 記述(そう書いてあります)
- 箇所
- 第2章「音韻史」
研究 奥村三雄1958の低い語頭iが脱落しやすいという説を検討する。いづこ・いまだ型の語頭脱落と複合語接合部の脱落を区分する。
研究 語頭狭母音脱落には後続子音が濁音またはマ行音であるという条件があったと述べ、カ行イ音便との対応を論じる。
柳田征司 1985 提唱
- 文献
- 日本語音韻史の構想 論文/愛媛大学教育学部紀要 第II部 人文・社会科学
- 立場
- 提唱(その出典が言い出します)
- 箇所
- p.21追記
書誌手掛かり 出版社目次は「語頭狭母音の脱落と非母音連続型字余り」という節を掲げる。本文の論証と語例は未確認である。
研究 現代和語の語形制約を論じる中で、ばらを古語うばら・いばらの第1拍が脱落した形と説明する。
玉村文郎 1984-09-20 記述
- 文献
- 語彙の研究と教育(上) 書籍/日本語教育指導参考書12
- 立場
- 記述(そう書いてあります)
- 箇所
- p.16
教材 中立的な語頭濁音和語として抱く、出る・出す、ド系指示語、ばら、ざるをまとめ、日葡辞書と新撰字鏡の形を示す。 たれからだれへの変化はどれへの類推とする。
辞典 個別項目の語誌として、だく・だす・でる・どこ・ばら・ばふ・ばり・まだ・よだつ・でく・できるの古形と変化を記す。 語ごとに記述の強さが異なるため、項目単位で証拠を評価する。
中村幸彦 1982-1999 記述
- 文献
- 角川古語大辞典 辞典
- 立場
- 記述(そう書いてあります)
- 箇所
- 各見出し項目
ウェブ上の仮説 城生佰太郎1977の入り渡り鼻音説を紹介し、語頭i・uの鼻音化、無声化、消失、入り渡り鼻音消失を連続した過程として提案する。
ichhan 更新2007-12-01; 参照2026-08-24 提唱
- 文献
- 連濁はなぜ起こるのか―ア行音の問題 ウェブ資料
- 立場
- 提唱(その出典が言い出します)
- 箇所
- 第4節「母音の無声化」
ウェブ辞典 だくの辞書記述を集め、語頭狭母音脱落説と濁音前の入り渡り鼻音を写したi表記の省略説を併記する。
順列和語辞典編集者 更新2025-02-23; 参照2026-08-24 伝聞
- 文献
- だく(抱) ウェブ資料/順列和語辞典
- 立場
- 伝聞(他の説として伝えます)
- 箇所
- 補注
ウェブ上の比較 ざるをいざるの上略とする『大言海』説を伝える資料がある。笊籬に由来する説も併記され、候補例としての扱いが必要である。
順列和語辞典編集者 更新2024-09-29; 参照2026-08-24 伝聞
- 文献
- ざる(笊) ウェブ資料/順列和語辞典
- 立場
- 伝聞(他の説として伝えます)
- 箇所
- 「大言海」欄
Katsukawa 2025-04-19 伝聞
- 文献
- 【語源】いろいろな台所用品の語源 ウェブ資料/日本語教師のネタ帳
- 立場
- 伝聞(他の説として伝えます)
- 箇所
- 「ざる(笊)」節
辞典 ざりがにをいざりがにの略と説明し、後ずさりする動きに命名を結びつける。
公益財団法人日本漢字能力検定協会 参照2026-08-24 記述
- 文献
- 〈蝲蛄〉(ざりがに) ウェブ資料/漢字ペディア
- 立場
- 記述(そう書いてあります)
- 箇所
- 「由来」欄
教材 だくをいだく・うだくの頭母音脱落と説明し、現象を語頭音消失aphaeresisの一例として紹介する。
英進館中高一貫部 刊行日不明; 参照2026-08-24 伝聞
- 文献
- 語頭音消失 ウェブ資料/中高一貫部 英語コラム
- 立場
- 伝聞(他の説として伝えます)
- 箇所
- 本文冒頭
比較候補 6系列
ざる(笊)
╳╳╳ 疑義 izaru > zaru 新撰字鏡の伊佐留は古形の存在を支える。現代形ざるへの変化には、いざる上略説と笊籬由来説がある。 直接の連続を示す年代資料が必要である。
どれ
╳╳╳ 疑義 idure > idore > dore 直接の母音脱落連鎖と、どこを基点にした類推という分析が競合する。Martinが紹介する小松説はどれ・どの・どんなを類推形とする。
だれ
╳╳╳ 疑義 tare > dare どれへの類推による語頭濁音化を比較対象とする。
だめ
╳╳╳ 疑義 atame > adame > dame 沖森卓也1998の分類はこの連鎖を挙げる。古語辞典は囲碁語の駄目を見出しに立てるため、語史の接続を確定する資料が必要である。
鈴木豊 2010-02 伝聞
- 文献
- 語頭濁音語「バ(場)」の成立過程について 論文/文京学院大学外国語学部文京学院短期大学紀要
- 立場
- 伝聞(他の説として伝えます)
- 箇所
- p.137の沖森卓也1998紹介
中村幸彦 1982-1999 記述
- 文献
- 角川古語大辞典 辞典
- 立場
- 記述(そう書いてあります)
- 箇所
- 「だめ」項
伊達Date
╳╳╳ 疑義 itate ~ idate > Date 地名・氏名の古形と現代形を直接結ぶ音韻史資料を要する。一般的な語頭母音脱落の類例は補助資料に留まる。
複合動詞後項-dasu
●○○ 提案 X-idasu > X-dasu 古い複合形が直接脱落を経験した場合と、短形-dasuの成立後に形成された語を分ける。 見出す・取り出すなど各語の初出と異形を個別に確認する必要がある。
中村幸彦 1982-1999 記述
- 文献
- 角川古語大辞典 辞典
- 立場
- 記述(そう書いてあります)
- 箇所
- 「いだす」「だす」項
探索記録
academic・2026-08-24
検索語: 語頭母音の脱落/語頭狭母音の脱落/頭音脱落/語頭濁音語/イダク ダク/イヅコ ドコ
機関リポジトリ、国立国会図書館、CiNii、国語学全文データベース、国文学論文目録を照合した。
dictionaries・2026-08-24
検索語: いだく/だく/いだす/だす/いづ/でる/いどこ/どこ/うばら/ばら/うばふ/ばふ/いばり/ばり/いまだ/まだ/いよだつ/よだつ/いでく/でく/できる/ざる/だめ
角川古語大辞典の各見出しと公開辞典系ページを照合した。
web・2026-08-24
検索語: 語頭音消失/aphaeresis 日本語 抱く/いざる ざる 語源/いざりがに ざりがに
教育機関、個人サイト、共同編集辞典、漢字辞典の記述を確認し、更新日と保存版を記録した。
x・2026-08-24
検索語: site:x.com イダク ダク 語頭/site:twitter.com 語頭母音 脱落 日本語/site:x.com いづこ どこ 語源/site:twitter.com いざる ざる 語源
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