文献

万葉考槻乃落葉

荒木田久老 ・成立は天明末〜寛政期(1780年代末〜1790年代、刊年未確認);参照本は1924年の翻刻

種別
書籍
収録
なし
発行
なし
識別子
ndl_lab_id 970574ndl_lab_page 98
リンク
https://lab.ndl.go.jp/dl/book/970574
アーカイブ
取得していない
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この文献を引用する項目 3件

提唱2伝聞1
場(日本語ba) 主張 speculative

阪倉はバ(場)を、もと地名語末のマと音韻交替の関係にあった語かとみる。

荒木田久老 成立は天明末〜寛政期(1780年代末〜1790年代、刊年未確認);参照本は1924年の翻刻 提唱
その婆と摩とは相通ふ言なれば、倭は夜庭處の略轉なるを知るべし。〈略〉麻本呂波は眞平庭といふ言の略轉なり。この御歌日本紀には麻保羅摩とあり。この言もて摩婆通ふ例をも知り
文献
万葉考槻乃落葉 書籍
立場
提唱(その出典が言い出します)
箇所
巻三「虚見つ倭」の注
場(日本語ba) 主張 reported-traditional

ba「場」はnipa「庭」の縮約(には>ば)である。

荒木田久老 成立は天明末〜寛政期(1780年代末〜1790年代、刊年未確認);参照本は1924年の翻刻 提唱
邇波の爾を略て婆といふは、音便の常なり。〈略〉人の氏に何庭とあるを多くは某婆といへり。何場と書る場の字を某婆とよむも爾波の略語なり。
文献
万葉考槻乃落葉 書籍
立場
提唱(その出典が言い出します)
箇所
巻三「虚見つ倭」の注(1924年翻刻本 NDL lab頁98)
場(日本語ba) 主張 reported-traditional

「庭を婆というのは後世の語だ」という反論は久老が「或人」の説として記し、久老自身は退けた。

荒木田久老 成立は天明末〜寛政期(1780年代末〜1790年代、刊年未確認);参照本は1924年の翻刻 伝聞
或人、庭を婆といふはやゝ後世の言なりといへれど、さにあらず。
文献
万葉考槻乃落葉 書籍
立場
伝聞(他の説として伝えます)
箇所
巻三「虚見つ倭」の注